日本の高校教師のメンタルヘルスリテラシーは高いとは言えないとする論文が、「BMC Psychiatry」に9月30日掲載された。東京大学大学院教育学研究科総合教育科学専攻身体教育学講座の佐々木司氏らが行った調査研究であり、同氏らは高校教師に対してメンタルヘルス関連の教育プログラムを提供する必要があると提言している。
思春期は精神疾患の発症リスクが高い時期に当たり、この年齢の子どもは1日の多くを学校で過ごすことから、教師には生徒のメンタルヘルスの問題を認識し的確に支援する姿勢が求められる。しかし、海外からは、教師のメンタルヘルスリテラシー(MHL)は不十分だとする調査結果が報告されている。一方、国内では教師のMHLに関する研究がほとんど行われておらず、実態が不明。これを背景として佐々木氏らは、公立高校(27校)の教師を対象にMHLに関する調査を行った。調査に回答したのは参加校の全教師の53.3%に当たる665人で、男性が67.8%。
メンタルヘルスや精神疾患に関して設定された、20問の質問に対する平均正答率は58.1±18.6%だった。個々の質問の正答率を見ると、例えば「思春期は精神疾患の発症が急増する時期である」を「正しい」と正答したのは51.7%だった。同様に「うつ病の生涯有病率は10%以上」は37.8%、「統合失調症の生涯有病率は約1%」は19.8%のみが「正しい」と正答し、いずれも不正解が目立った。また「精神疾患の生涯有病率は約20人に1人」を「間違い」と答えられた教員は21.9%しかいなかった(正解は5人に1人)。
「うつ病」、「統合失調症」、「パニック障害」の症例を数行にまとめた文を読み、それぞれの疾患名を回答する質問(前記3疾患に「社会不安障害」、「疾患ではない」、「分からない」を加えた6者択一)では、同順に54.1%、35.3%、78.0%の正答率だった。また、この設問での「うつ病」の症例提示文である「生徒Aは医務室で頭痛や腹痛、倦怠感を訴えた。睡眠に問題があり、食欲がなく、好きなテレビ番組が楽しくなくなり、勉強に集中できないという。最近、遅刻が増えた」について、約4人に1人はこれを「医学的問題ではなく個人の弱さに関連すること」と回答した。
さらに、「この生徒Aに対して、適切に支援する自信はあるか」という質問には、80.1%が「自信がない」と回答した。また、「メンタルヘルスの知識を生徒に教える自信はあるか」には、88.9%が「自信がない」と回答した。
多変量解析の結果、女性教師は男性教師に比較し、うつ病、統合失調症、パニック障害の症例提示文からの疾患名の正答率が有意に高かった。また、20~30代の教師は40~60代の教師に比較し、統合失調症の正答率が有意に高かった。うつ病とパニック障害の正答率は、年齢層による有意差はなかった。なお、メンタルヘルス・精神疾患関連の20の質問に対する正答率は、性別や年齢層による有意差がなかった。
著者らは本研究を「日本の高校教師のMHLを調査した初の研究」と位置付け、「日本の高校教師のMHLは低いことが明らかになった。MHLの低い教師は生徒のメンタルヘルスの問題に気付かない可能性があり、仮に気付いたとしても効果的な支援が難しいと考えられる。教師のMHLを高めるために、教師養成課程に教育プログラムを組み込む必要があるのではないか」と述べている。
なお、海外からの報告と本研究との比較から、日本の高校教師は特に統合失調症に関する認識が低いことが明らかになった(症例提示での正答率が欧州の研究では6~7割に対し、本研究では前述のように35.1%)。この点について著者らは、かつて使われていた「精神分裂病」からの病名変更が、疾患の正しい理解という点では妨げとなった可能性や、国内の統合失調症患者の入院期間が長いために、社会生活で出会う機会が少ないことが影響しているのではないか、との考察を加えている。(HealthDay News 2021年11月8日)